テレビュートップ



アル・ナグラー著


史上最大の短焦点アイピース?


個々の好みや予算に応じ、アイピースの大きさや設計は多種多様である。世に出る他の商品同様、アイピースも予算に応じたものを入手できるが、目的を明確にすれば、妥当な予算で必要な質をもたらすアイピースを見つけることができる。

Craig Michael Utter著 米国天文誌Sky & Telescope photographより

 「望遠鏡の性能の悪さを対物レンズのせいにするが、しばしばアイピースに原因があるという事実が見過ごされてきた。」J.B.シジウィックが1955年の名著「Amateur Astronomer's Handbook」の中で語っています。天文市場では、ここ2〜30年のあいだに大きな変化がありましたが、今でもシジウィックの言葉には真に迫るものがあります。シジウィックは、焦点距離の長い屈折望遠鏡で良い性能を発揮するアイピースが、短焦点の屈折望遠鏡で使うと像が悪くなるのは「望遠鏡自体の性能が原因」とした観測家の例をあげ、実は原因がアイピースにあったことを指摘しています。
 また、シジウィックは、「完璧なアイピースとはアマチュア天文家の想像上の産物である」とも述べています。これもまた正しい所見ですが、一方では、今日すばらしいアイピースを手に入れられることも事実です。“対物光学系の基本”を探ることで、アイピースにできること、できないことが分かってきます。
 私たちの視覚の世界は球でおおわれています。地球上のすべてのものをある視角度で見ているわけですが、地上の対象については、頭の中で変換作業を行い、物理的なサイズを把握します。ただし、天体の世界では、多くの場合、対象の大きさを角度で把握した方が都合がよいのです。月の直径は約3,476キロ、地球から384,400キロ離れたところに位置するため、月は約1/2(0.5)度に見えます。直径の120倍離れた対象は、いずれも1/2度に見えます。

分かりやすくするため、望遠鏡をピンホールレンズで表します。この図はスケールと角度を大幅に誇張しています。文中の例のように、月の視直径1/2度は、焦点距離120インチのレンズで1インチの像を結びます。ピンホールと対物レンズの違いは、レンズの方が広い領域の光を集め、より明るい像を結ぶというだけでのことです。−アル・ナグラー

 ピンホールカメラのような「ピンホール鏡筒」で月を見たとします。光束0.5°の月の光はピンホールを通過し、図のように広がります(ピンホールの特性により、ピンホール後ならどこでも結像する)。ピンホールから120インチ(3,048mm)離れた光線の大きさは1インチ(25.4mm)になります。
 ピンホールをレンズに置き換えてみると、光をより大きな窓(レンズ口径)でとらえるため、より明るい像を結びます。焦点距離が120インチなら、月の像の直径はピンホールカメラ同様1インチです。
 レンズのF値を求めるには、レンズの焦点距離をレンズの直径で割ります。焦点距離120インチのレンズの直径が10インチの場合、F値は12です。写真の世界では「F値が小さいほど像は明るくなる」と理解しますが、望遠鏡を覗くときは、F値を小さくしても像が明るくなるわけではありません。詳しくはこの後に説明します。
 実際、その他にもカメラと望遠鏡の対物レンズには異なる点があります。一般的に、カメラレンズの方が広い画角をカバーし、F値を小さく設計しますが、望遠鏡の対物レンズは画角は限られても、はるかにシャープな像を結ぶように設計されます。カメラの像はフィルムか電子センサーの上に結びますが、望遠鏡の像は鏡筒外の空間に浮かびます。それを拡大レンズ「アイピース」で拡大して見るのです。


 ピンホールアイピースを配したピンホール望遠鏡の像をみてみましょう。像を結ぶ位置にすりガラスがあるとします。正式な三角法は別として、角倍率は、対物の焦点距離とアイピースの焦点距離の比です。アイピースの焦点距離が1インチとすると、倍率は120÷1=120倍ということになります。
 この光学系で月の全景を見るには、わずか1インチ離れたところから直径1インチの像を見ることになるため、アイピースの観察角を非常に大きくとることが必要です。1/2°の月は望遠鏡を使わないときの大きさの120倍に見えるため、約60°の観察角が必要です。

アイピースは、望遠鏡の対物レンズが結ぶ像を詳細に見るための単なる拡大レンズです。焦点距離1インチ(25.4mm)のアイピースを、対物レンズ焦点距離120インチ(3,048mm)の望遠鏡に使うと、倍率は120倍になります。120倍のアイピースでは、見掛視界が60°ないと月の全景をとらえることができません。この見掛視界を小さくすれば、夜空に見える角度(視角)も小さくなります。 - アル・ナグラー

 上の図は、ピンホール光学系をレンズに置き換えたときの光路です。アイピースは、対物レンズにより形成されたそれぞれの光束を「コリメートし、なおかつ、その光の方向を変える」という二つの役割を果たしていることが分かります。射出する光の直径(射出瞳径)は、入射する光の直径(入射瞳径)を倍率で割った値と同じです。倍率が高くなると射出瞳径は小さくなり、倍率が低くなると射出瞳径は大きくなります。
 対物レンズとアイピースの焦点距離を指定することで任意の射出瞳径を作ることもできますが、そこには実際的な限界が伴います。暗いところに慣れた人間の瞳は平均で約7ミリ開きますが、一般的に、年齢を重ねるにつれこの値は小さくなります。望遠鏡の射出瞳径が眼の瞳径よりも大きい場合、望遠鏡の口径がフルに使われていないことになります。ただし、そうした低倍率でも、像が暗くなったり、解像度が低くなったりすることはありません。
 それでも、射出瞳径を大きくするとある問題が生じます。中央遮蔽のあるニュートン鏡筒やシュミットカセグレン鏡筒の場合、射出瞳の中に副鏡と主鏡の大きさの比率で暗い影が現れてしまいます。たとえば、中央遮蔽の大きさが主鏡の30%の場合、射出瞳径の30%の大きさで暗い影となり、前述のように射出瞳径が7mmなら影の直径は2mmを超えることになります。夜、瞳が開いているときは、この影が気になることはありませんが、昼間、瞳が2〜3mmしか開いていないとき、射出瞳内の影が問題になります。この影は瞳の中央に当たり、人の目で最も敏感な部分を隠してしまうからです。
 一方、極めて高い倍率で射出瞳が小さくなると、像(恒星を除く)は暗くなり、大気の乱れや架台の振動が目立ち、眼の飛蚊症も気になります。最小の射出瞳径は約1/2mmです。射出瞳径は倍率と望遠鏡の口径に比例し、具体的には0.5〜7mmの間です。そこで、望遠鏡の有効最低倍率は、口径インチあたりの3.6倍(センチあたり1.4倍)で、有効最高倍率は口径インチあたり50倍(センチあたり20倍)ということが言えます。ただし、まれなことですが、大気のシーイングによっては望遠鏡の口径や種類を問わず400倍を超える倍率が有効な状況(ベストシーイング)もあります。


見掛視界と実視界

 実視界とは実際に見ている夜空の領域のことです。望遠鏡の場合、対物レンズの焦点距離と、アイピースの絞り環の直径で決まります。さきほどの例では、焦点距離1インチのアイピースと焦点距離120インチの望遠鏡で、月の全景を見るために必要な見掛視界は60°でした。おおよその実視界は、見掛視界を倍率で割ることで求めます。どのアイピースでも、見掛視界はそのアイピース固有の値です。
 おもちゃの屈折望遠鏡は別として、天体望遠鏡のアイピースの一般的なバレルサイズは1 1/4(31.7mm)または2インチ(50.8mm)です。バレルの内径は絞り環の大きさの上限を決め、望遠鏡の最大実視界を制限します。たとえば、見掛視界を50°とすると、アイピースの最長有効焦点距離は2インチバレルでは55mm、1 1/4インチバレルでは32mmになります。それ以上アイピースの焦点距離を長くしても、倍率こそ低くできますが、実視界はバレル径の限界で拡張されず、見掛視界のみ圧縮されて狭くなってしまいます(「tunnel-vision effect」)。
 それではどうして見掛視界を広くするのか。それは、基本的に楽しく見ることができるからです。また、ある倍率では、広い見掛視界=広い実視界であり、駆動装置のない経緯台で天空を手動で追いかけるときはとても快適です。見掛視界が大きくなるほど、宇宙船の窓により近づくかのようです。50°でも十分広い、65°はかなり広角、80°を超えるとスリリングなリアル感が味わえ、自分がまるでその場にいるような感覚です。
 アイピースは一般的に見掛視界を広くするほど複雑な光学系になります。広角設計にしたために、かえって像質を落としたアイピースも少なくありません。また、望遠鏡のF値が小さくなるにつれ、アイピースに対する要求も厳しくなっています。見かけ視界65°のアイピースを4枚構成で設計した場合、F15の望遠鏡なら問題なくても、F5の望遠鏡で使用すると像質が落ちてしまいます。見掛視界65°のアイピースをF5の望遠鏡に装着して良像を得るには、アイピースのレンズを6枚以上の構成にして、たくみに設計しなければなりません。


収 差

 アイピースの性能を制約する光学的収差が、歪曲と取り違えられることはよくあります。一般的に、望遠鏡のF値が小さくなると、良像を実現するアイピースの光学設計はより複雑になります。見掛視界40°のハイゲンやラムスデンアイピースなら単純な2枚構成でもF値の大きな望遠鏡で問題なく使えますが、見掛視界が40°を超えるか、望遠鏡のF値が小さくなると、2枚構成の設計では十分な収差補正ができません。
 アイピースをその名称だけで判断することはできません。張り合わせの3枚玉と1枚のアイレンズで構成されたオルソーもあれば、張り合わせの2枚レンズ2群で構成し、それをプルーセルと呼ぶこともあります。また、プルーセルの中でも設計の詳細はそれぞれ異なります。購入する前によく確認するか、天文クラブなどで実際に使用しているユーザーのアドバイスを受けてみるのもよいでしょう。
 以下はアイピースの一般的な問題点です。
球面収差 - 視野中心の像がソフトになります。特に小さなF値の望遠鏡に装着しないかぎり、レンズ構成が3枚以上のアイピースでは問題になりません。
軸上の色収差 - 視野中心で対象の縁に色がつきます。レンズ構成が3枚を超える設計でまれにみられますが、2枚構成のアイピースでは見られません。
横の色収差 - 視野周辺近くの対象の周りに色がつきます。横の色収差はアイピースの設計により消すことが難しく、製造不良から発生することもあります。この収差は、アイピースをF値の大きな対物レンズに装着しても現れます。
コマ - 恒星の光が丸くならず、視野周辺に向かって彗星の尾のように伸びます。アイピース設計が良ければ生じない収差です。
アス (非点収差) - 視野周辺で、星像が線、十字、四角に見えます。特にF値の小さな望遠鏡でアイピースを使用したときに最も顕著に現れます。多くの場合、バローレンズを併用することで、アスは劇的に解消されます。
像面湾曲 - 視野周辺と中心で結像位置が異なります。
歪曲 - アイピースに歪曲収差があると、直線の対象が曲がって見えます。オルソーはこの点で他の設計より勝っていますが、通常、歪曲収差が天体観測で支障を来たすことはありません。


低倍率か、高倍率か?

 惑星や接近した二重星を見るには、その天体を、ほとんどのアイピースで最も高い性能を発揮する視野中心に持ってきます。コントラストを高く保つため、中高倍率(8〜12倍/センチ)がお勧めです。ただし、シーイングがよければもっと倍率を上げてください。

望遠鏡のF値は、望遠鏡の焦点距離÷レンズまたは主鏡の口径で求める。望遠鏡とアイピースには、それぞれ固有の焦点距離がある。望遠鏡の焦点距離をアイピースの焦点距離で割ることで、光学系全体の倍率を求めることができる。Sky & Telescope illustration by Gregg Dinderman.

 恒星は点光源なので、現実的な倍率でみるかぎり、恒星の大きさと明るさは変わりません。対物レンズのF値が恒星の明るさ等に影響することはありません。多くのひとが、F5の望遠鏡の方がF10の望遠鏡よりも明るいと誤解しています。装着するアイピースは違っても、望遠鏡の口径と倍率が同じなら、像の明るさは同じです。
 恒星とは違い、月、惑星、銀河、そして夜空の背景も含め、広がりのある対象は、倍率を上げていくとぼやけて見えます。こうした対象の明るさは、射出瞳径の大きさに比例します。たとえば、射出瞳径1mmで見る対象の明るさは、射出瞳径7mmで見る面積のわずか2パーセントにすぎません。また、淡い恒星は高倍率で最もよく見えます。背景が暗くなる一方で淡い恒星の像は変わらないので、コントラストが上がります。
 星雲や銀河の場合でも、倍率を上げて見るのは悪いことではありません。倍率を上げていくと、背景が暗くなるのと同様に星雲や銀河も暗くなるためコントラストは変わりませんが、倍率を上げることで、微妙な構造が拡大され見やすくなります。
 アイピースを一式選ぶときは、射出瞳径が0.5mm、1mm、2mm、4mm、7mmになるようにします。予算に応じ、できるだけ品質が高く、広角のアイピースを選びます。アイピースは、趣味のオーディオ装置同様、アップグレードするたびに、コレクションも充実していきます。すべてのアイピースにはそれぞれの個性があります。その用途にガイドラインを敷くこともできますが、絶対的なものではありません。可能な限り豊富な機材で夜空を探索してみてください。どんな天体でも、「倍率を変えるたびに楽しみ方も違ってくる」ことに気づかれることでしょう。


アル・ナグラーは光学設計者でもあり、テレビュー社の創設者でもある。



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