ここでは、月をはじめ、火星、木星、土星、金星の五つの対象に限定して話をすすめます。まず、望遠鏡でこれらの対象を捕らえた時、目に入ってくるのはその面積を持った姿です。望遠鏡で見ることができ、かつ観望の醍醐味となるのは、その面積体の詳細を観察することにあります。また、他の天体と違って、都市の光害にもさほど制約を受けることなく観望できる対象であることが大きな特徴です。また、表面模様の興味深い変化を追うため、連続的な観望が必要になることもあり、基本的に日常生活と接した環境で望遠鏡を使う観望対象です。
光学理論からは、望遠鏡の口径が大きいほど分解能が高く、そして集光力があるので、表面模様の詳細の観察には有利になります。その意味で、これらの対象には「口径優先で望遠鏡を選べばよい」は、真理です。しかしながら、口径30センチ以上の大望遠鏡は恒久的に設置する環境がないと、環境(温度)順応などに時間をとられ、非常に効率の悪い運用を強いられてしまいます。仮に設置環境が整ったとしても、大口径ゆえにシーイングの影響による像の劣化など、制約を被りやすくなってしまいます。このため、シーイングによる影響が比較的緩やかになる、口径15センチ以下の中・小口径機のほうが効率よく高倍率観望を行えることは事実です。この対象は、中・小口径機のシャープネスと、大口径機の高分解能、そのいずれかを取るかという選択肢があります。観測目的でしたら、その観測対象に要求される分解能(および集光力)を満足することが優先されますので話は簡単ですが、観望目的における口径の選択は、以下の要素も併せて、なかなか悩ましい問題になります。
自宅周辺の生活空間で望遠鏡を使って観望する場合、据付式の大口径機でなければ、その都度望遠鏡を設置・撤収する必要があり、これによる制約も加わってしまいます。望遠鏡の大きさと重量、そして温度順応時間、加えて、その取り回し、などです。観望環境による制約は現実問題として大きく立ちはだかります。たとえば、狭い環境でも取り回しがよく、しかも大口径機まで選べるカタディオプトリック式は、温度順応に時間がかかるという制約があります。また、口径10センチ以下の屈折望遠鏡を最右翼に、15センチクラスまでの短焦点ニュートン反射式やカセグレン式は、大口径ではありませんが、比較的短時間で環境順応も整い、観望効率の点で有利になります。もちろん撮影を考慮に入れなければ、経緯台の選択が観望効率を劇的に向上させるでしょう。
要は、月・惑星観望においては、望遠鏡選択の基準は光学性能(分解能)優先だけではなく、運用環境に適した望遠鏡を選ぶという二つの要素を同時に考慮する必要があります。
「惑星観望には最低どのくらいの口径が必要か?」という質問をよくいただきますが「自分の目で見て美しいと感じることができる口径」とお答えしています。小口径(6〜8センチ)アポクロマート屈折望遠鏡は、四季を通じてコントラストの高い惑星像を見せてくれますし、口径10センチもあれば、木星などそのメリハリのある縞構造の詳細に感嘆するでしょう。口径15センチクラスのやカタディオプトリック式も、その取り回しの良さから有力な選択肢です。温度順応にやや時間を要しますが、ベランダ観望にも適します。口径20センチクラスのニュートン式(とカセグレン式)は、連続観測にも不自由なく使える性能を示してくれますし、30センチクラスは、惑星観測家の「標準口径」と言えるスケールです。また、50センチを超える超大口径機(高精度なドブソニアン)で見る宇宙望遠鏡のイメージを彷彿とさせる凄みのある惑星像は、一度見たら網膜に焼き付いて消えないでしょう。もちろん大口径になるほど、シーイングの影響が大きく、ベストイメージにはめったに遭遇できません。
使用環境にふさわしいスケールが定まれば、口径の大小は決定的な問題ではなく、その口径が実現できる分解能、その光学系で得られる最良のコントラストを有した望遠鏡を選ぶことがまず第一です。たとえば、同じ価格の望遠鏡があったとして、口径は小さくとも(光学系にコストをかけた)造りのよい望遠鏡を選んだ方が良いということです。そして、その光学性能を評価でき、かつ、そのコンディションを調整でき、シーイングの状態を判断できる使用者の眼力と能力があってこそ、美しい月・惑星像を堪能し続けることができるでしょう。要は、高性能望遠鏡の能力をフルに発揮させることが大切です。
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