● アクロマート屈折
現在のアクロマート屈折は、レンズ素材(BK7+F2)が低コストで、しかも研磨が容易なため、すべて安価な普及機として流通しています。特に、近年、第三国製造による大口径(10cm〜15cm)で短焦点(F5〜8)の鏡筒が、大量生産で格安に出回り、ちょっとしたアクロマート屈折ブームをもたらしました。もちろん、レガシーな素材と設計では、かつての長焦点アクロマート鏡筒と性能を比較するのは無理な話です(アイピース性能の向上により、低倍率でさえ欠点を指摘することは容易です)。現在のアクロマート屈折は、口径を欲張らず(10センチ以下)、比較的大きなF値(F10またはそれ以上)で、ブランド品を選ぶことで、初心者の方が天体望遠鏡として使える性能を手に入れることができるでしょう。
● アポクロマート屈折
1970年代後半に登場したアポクロマート屈折は、高性能屈折望遠鏡の主流として今も君臨しています。人造蛍石結晶や異常部分分散ガラスを凸系に用いることで、色収差の良好な補正が可能になるので、特に写真撮影に好適との評価から、F値を明るく(F5〜8)設計した「フォト・ビジュアル」鏡筒がアポクロマート屈折望遠鏡の典型的なスタイルです。鏡筒の短焦点化は、搭載する架台の小型軽量化につながり、システム全体で簡単に野外に持ち出せるスケールに収まります(注1)。この恩恵は絶大で、天体撮影ブームに拍車を掛けました。
銀塩フィルムが撮影の主流であった時代は、中・大判フィルムに対応できる鏡筒やアクセサリーの存在が評価され、また、「撮影用鏡筒だから」という性能的妥協が広く受け入れられていたので、短焦点アポクロマート屈折の持つ潜在的な欠点(注3)が明らかになることはありませんでした。近年、CCD素子などによるデジタルイメージングが主流となり、銀塩フィルム時代とは桁違いの結像性能(注2)が要求されています。より広帯域にわたる色収差補正、球面収差補正が必須となり、その結果、従来の2枚玉だけではなく、独自のレンズ構成を採用した鏡筒も登場しています。天体望遠鏡としての性能向上が、撮影メディアの世代交代によって推進されるのは皮肉っぽいですが、少なくともこうは言えそうです。「よく見えるアポクロマート屈折を求めるなら、デジタルイメージングに対応できる鏡筒を選びなさい」と。
注1) ただし、眼視目的では、F6程度の短焦点鏡筒であっても、口径12センチを超えるとマッチする経緯台が無く、赤道儀に搭載して観望を行うことになる。
注2) 異常部分分散ガラスはBK7と比べて低屈折率なので、薄肉密着系の設計では曲率半径を小さくとることになり、結果、球面収差が増大する。撮影用の色補正は各色の収差曲線が絡めることでキャンセルできるので、設計上球面収差の増大は問題ではなかった。
注3) フィルムの感光物質である臭化銀粒子の最小径が約25ミクロン(テクニカルパンフィルム)。CCDでは10ミクロン以下の微細なピクセルの集合体で、かつフィルムのようなイラジエーションが発生しない。そのため、回折限界の結像が要求される。
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